「人同士の協力を可能にするのは虚構である」 ホモ・サピエンスの繁栄に見る、企業におけるミッション・ビジョンの重要性
2019年04月02日

企業経営において、ミッションやビジョン、もしくはバリュー(価値観)が重要な役割を果たすことに違和感を持つ方はそんなに多くないと思います。世の中の偉大な企業や目下急成長中のベンチャーは、秀逸なミッションやビジョンを持っている会社は多いですよね。

自分は過去にある経験からこれらの重要性を身をもって痛感したのですが、実は、その後、とある事実を知ることにより一層腹落ちすることとなりました。

その事実が記されていたのは、ヴァル・ノア・ハラリ氏の著書で、世界40か国以上で翻訳され、 累計500万部を突破している世界的ベストセラーである「サピエンス全史」。これは、我々ホモ・サピエンスの歴史を俯瞰し、新しい視点で人類を捉え直すという内容の書籍です。

いわゆる人類と呼ばれる我々が属する種族ですが、実は200万年前から1万年前頃までは、この世界にはいくつかの人類種が存在していました。昨今でも、犬や鳥にもたくさんの種族が存在していますので、歴史的に見ればこれは驚くことではありません。

10万年前の地球には、少なくとも6つの異なるヒトの種が暮らしていました。複数の人類種が存在していた過去が特殊なわけではなく、我々ホモ・サピエンスしかいない現在が特殊なわけです。

では、他にも種が存在した人類において、何故、我々ホモ・サピエンスのみが現代まで生き延びることができたのでしょうか?

それは、

言葉を使って生み出された想像上の現実=「虚構」

のおかげでした。

冒頭に触れた「ホモ・サピエンス全史」にこのことが詳しく書かれていて、この「虚構」こそが、現在の企業経営、組織運営におけるミッションやビジョン、バリューと同質のものでした。

では、なぜホモ・サピエンスが繁栄するために「虚構」が必要だったのか、そしてそれとミッション・ビジョン・バリューがどう関係しているのかを詳しく見ていきましょう。

ミッション・ビジョン・バリューの重要性を思い知った過去の痛い経験

まずは経験談をお話させてください。

実は自分は、かつてはこの「ミッション」「ビジョン」そして「バリュー」をあまり重要視はしていませんでした。いや、正直にいうと少し斜に構えて捉えていたようにさえ思います。

しかし過去に、ちょうど十数人から大きく成長するフェーズの企業でHR領域を担当していたことがあり、組織作りをやっていくなかでそれらの重要性を強く認識することとなりました。

当時その企業では、全社的にスキル重視で採用を行っていました。「いま会社にとって必要なスキルを持っているかどうか」「そのスキルが高いかどうか」が採用判断の8割を占めていたように思います。

幸運なことに比較的順調に採用は進み、入社してくれた方もすぐに即戦力としてプロジェクトでパフォーマンスを発揮してくれる点は非常によかったのですが、会社として少し無理してでもさらなる成長へとアクセスを踏みたいというタイミングで問題が顕在化しました。

人員の増加に伴い大小複数のプロジェクトが走り出したのですが、性質が異なるものもあり、会社として何がしたいのかわからないという声が出始め、明らかに現場のパフォーマンスが悪くなってきたのです。

また、行動や判断において、何を優先するかという部分に食い違いが生じました。会社としては当然、リスクを負ってでも勝負したい。しかしそれよりも業務の丁寧さや確実さ、効率の良さなどを優先したいという価値観を持つ人も多くおり、勝負に出ることができませんでした。

経営陣やメンバー個人の目指す方向性、ベクトルの不揃いが顕著となり、各所で問題が顕在化する度に対応に追われるため、スピード感を持って会社が向かいたい方向へ進めなくなってしまいました。

そしてついに会社を辞めていく人が出始めます。

この大失敗の経験により、共通の目標であるミッション・ビジョン、そして共通の価値観、判断基準であるバリューの大切さを身にしみて思い知ったのです。

古代ホモ・サピエンスも現代人も、親密にコミュニケーションをとれる人数はせいぜい150人

ではこの「ミッション」「ビジョン」「バリュー」の話と、冒頭のホモサピエンスの繁栄とどう関係があるのでしょうか?ここでサピエンス全史の内容に戻ります。

サピエンス全史によると、太古のホモ・サピエンスを含めた初期の人類にも社会的な本能があり、小さな集団を作って生活していました。

しかしこの社会的本能は、小さくて親密な集団にしか適応しておらず、集団が大きくなりすぎると、社会的秩序が安定を失い分裂するということを繰り返していました。

たとえホモ・サピエンスが500人ほど暮らせるような肥沃な河川の流域の土地でさえ、それほど多くの赤の他人同士が一緒に生活を営むことはできませんでした。

その理由は、誰をリーダーにし、誰がどこで狩りをし、誰が誰の配偶者になるべきかなど合意のしようがなかったためです。

当時のホモ・サピエンスも言語的コミュニケーションをとれたことはわかっており、「噂話」程度のコミュニケーションで小さな集団としてまとまっていました。

しかしこの集団の大きさの上限はせいぜい150人程度にしかなりませんでした。150人を超えると、お互いを親密に知ること、そして効果的にコミュニケーションをとることができないためです。

これは現代の我々人間にも当てはまりますよね。人間の組織の規模としては、親密にコミュニケーションをとれる人数として150人は少し多いかもしれないですが、だいたいの限界の目安となっています。この限界値以下の人数であれば、企業やコミュニティは互いに親密に知り合い、直接のコミュニケーションによって秩序のある組織を維持できます。実際は「親密」というところでいうと、50人程度であれば可能というところでしょうか。

しかし、スタートアップやベンチャーでご経験がある方もいらっしゃると思いますが、一旦50人、100人を超えてくると、名前はもちろんのこと、顔すら知らない人が同じ社内に存在するという状態になってきます。会社であればそれでもよいかもしれませんが、当時のホモ・サピエンスの時代は外敵も多く、安全は確保されていない状態で、同じ集団で協力し合えないとなると命の危険にさらされてしまいます。

では、ホモ・サピエンスはいったいどうやってこの重大な限界を乗り越え、何万もの住民からなる都市や、何億もの民を支配する帝国を築いたのでしょうか?

大人数が協力するためには、共通の認識となる「想像上の現実=虚構」が必要である

その秘密は、「虚構」の登場にありました。ここでいう「虚構」とは、言葉を使って生み出された想像上の現実という意味です。

わかりやすい例が宗教です。カトリック教徒同士が、お互いに面識がなくても共に布教活動を行うことができたり、共同で出資して慈善活動ができるのは、カトリックの教義をみんなが信じているためです。

当時のホモ・サピエンスは、神話を創り出し、死者の霊や精霊の存在を信じ、決まったタイミングで共に祭事を行うことで社会秩序を強固にしていきました。共通の思想、信じるものによって、見知らぬ人同士が効率的に協力できるようになり、大人数でも一つの集団、社会として成立できるようになったのです。

我々が特定の秩序を信じるのは、それが客観的に正しいからではなく、それを信じれば効果的に協力して、より良い社会を創り出せるからなのです。「想像上の秩序」は幻想などではなく、多数の人間が効果的に協力するための効率的な手段なのです。

ホモ・サピエンスは、他の人類種と違い、この能力があったがゆえに唯一繁栄し、現代まで生き残ることができたのです。

そして、現代の企業の「虚構」に当たるのが、ビジョンやミッション、そしてバリューなどです。大勢の見知らぬ人どうしが効率的に協力するために、企業の理想の姿や目指す場所、存在意義など想像上の現実を言語化します。

社内のメンバーは、この共通の認識を持つことによって効率的に協力できるようになります。逆にこれがないと、私の過去の経験のようにそれぞれが様々な方向に向いてしまい、社内秩序が崩れていきます

また、人類は、キリスト教や民主主義、資本主義といった想像上の秩序の存在を人々に信じさせるにために様々な工夫を行ってきました。その秩序が想像上のものだとは、けっして認めず、偉大な神々あるいは自然の法則によって生み出された客観的な実体であると、つねに主張してきました。

そして、それを浸透させるため、教育を徹底します。おとぎ話、戯曲、絵画、歌謡、礼儀作法、建築、レシピ、ファッションなど、あらゆるものにそれらの原理を取り込んできました。

こちらは、現代の企業にそのまま当てはまるわけではありませんが、ミッション・ビジョン・バリューなどを浸透させていくということを考えた場合、参考にできるものがあるように思います。聞いた話では、とある企業ではWi-Fiのパスワードをその期のスローガンに設定したりなど、普段の社内での生活や業務に自然と溶け込ませているそうです。

ホモ・サピエンスが繁栄するのに「虚構」を用いたように、企業の成長にもそれが必要である

ホモ・サピエンスが大人数で協力し、現在まで繁栄するのに「虚構」が必要であったように、企業の成長、存続にもミッション・ビジョン・バリューが必要なのは至極当然のことなのだなとサピエンス全史を読んで一層腹落ちしました。

人類が秩序を持った一定以上の大きさの集団を形成するためには想像上の現実が必要で、集団の形の一つである企業も当然それが必要になるのです。そしてその秩序を保つために、「使命」や「我々でなければならない理由」という"客観的な実体"を浸透させていく。そして、それを本気で信じている人数が多い組織が強い

私達の祖、ホモ・サピエンスの繁栄に、会社経営においてとても大事なことを学びました。

私の方はといえば、その失敗の経験の後、ミッションやビジョン、バリューをいちから作り直し、評価制度なども刷新していったのですが、その時にどんなことを考え、どのようにやっていったかなどはまた別の機会に書いていこうと思います。

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